【照強】昔はヤンキーだけど家族思い!?淡路島出身で四股名の由来は?

今や大相撲人気を牽引する力士のひとりに成長した照強(てるつよし)関。

実は、阪神・淡路大震災が発生した日(1995年1月17日)に、兵庫県の淡路島で生まれたそうです。

また、フジテレビ『ジャンクSPORTS』の番組内では、生まれ育った淡路島でのヤンチャぶりが紹介されて、「昔はヤンキーだったの?」と話題になりました。

一方でSNSでは、故郷や家族思いの優しい一面も紹介されています。

そこで本記事では、照強(てるつよし)関のヤンキーで金髪頭だった過去やプライベートの魅力など、詳しく紹介していきます。

【照強翔輝(てるつよししょうき)】昔はヤンキーだけど家族思い!?

先に(2021年2月14日)放送されたフジテレビ『ジャンクSPORTS』の番組内では、中学時代のヤンチャぶりが紹介されて、「昔はヤンキーだった?」と話題になりました。

中学2年生のときには、丸刈り頭に剃り込みが入り、中学3年生になると金髪頭になっている画像が公開されたのです。

照強(てるつよし)関本人も「中学校は1年間で30日しか登校しなかった」「行っても大体教室には行かず体育倉庫に常にいた」と言って否定しませんでしたので、ヤンキー確定ですねー^^;

さらに以前、テレビで放送されたニュース番組では、妹・菊井沙希さんが兄・照強関の「裸で自転車」などのヤンチャぶりを明かしていたようです。

一方で、照強関が小学生の頃には、ご両親(父・福岡一賀さん、母・菊井真樹さん)の離婚を経験されているとのこと。

しかし、中学校を卒業するまで、女手一つで育ててくれた母親や妹さんには、角界に入門して以降もずっと孝行を続けているそうです。

もはや、家族思いの心やさしい元ヤンキー力士確定ですね。

ちなみに、同学年で大の仲良し炎鵬(えんほう)関は、中学時代に金髪頭だった照強関を目撃したことがあるそうですよ。

【照強翔輝(てるつよししょうき)】淡路島出身で四股名の由来は?

PROFILE

本名:福岡 翔輝(ふくおか しょうき)

所属部屋:伊勢ヶ濱

しこ名履歴:照強

生年月日:平成7年1月17日(26歳)(※2021年7月現在)

出身地:兵庫県南あわじ市

身長:169cm

体重:117kg

得意技:右前みつ・投げ

趣味:

照強(てるつよし)関は、阪神・淡路大震災が発生した日『1995年1月17日』に、震源地の淡路島で生まれました。

詳しくは、大震災発生の15時間後、兵庫県洲本市にある兵庫県立淡路病院で生まれたことのこと。

また、照強(てるつよし)関の四股名は、「強くなって被災した地元を照らせるように」と師匠・伊勢ヶ濱親方が命名したそうです。

照強関本人も『震災の日』に生まれた自身の運命について、次のように語っています(↓)

「その年に生まれるのも運命だし365日ある中の1日に生まれるのも運命だと思う。人より背負うものは大きいと思っているので、そこはやっぱり負けられないという力になります。頑張っていることを淡路島の人に見てもらえたら」

引用元:NHKインタビュー

毎年、大相撲の初場所中に迎える誕生日を「『この日』に相撲を取ることが責任」としているそうです。

ですから、故郷(南あわじ市)には、特別な思いもあることでしょう。

照強関は、土俵上で大量の塩まくことでも人気です。

実は、故郷・淡路島は塩の名産地で知られています。

特に『自凝雫塩(おのころしずくしお)』といわれるブランド塩が有名ですが、さすがに本場所の土俵にまかれることはないでしょうね。

まとめ

ここまで、照強(てるつよし)関のヤンキーで金髪頭だった過去やプライベートの魅力を紹介してきました。

フジテレビ『ジャンクSPORTS』の番組内では、中学時代のヤンチャぶりが紹介されて、昔はヤンキーだったことを照強関本人も否定していません。

しかし本当は、故郷と家族思いの心やさしい元ヤンキー力士でした。

毎年、大相撲の初場所中に迎える誕生日は『震災の日』です。

照強(てるつよし)関の四股名のとおり、「強くなって被災した地元を照らせるように」さらに上の番付を目指してほしいです。

怪我と病気だけには気をつけて、ますますの活躍を願っています。

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